この番組は前半戦が終わった夜九時ごろ、ニュースが挟まる。「――愛美ちゃん、ココアのお代わりいる?」「あ、ありがとう! 純也さん、小腹がすいてたら、わたしの部屋からお菓子取ってくるよ。クリスマスに純也サンタからもらったの、まだ余ってて」「サンキュ、愛美ちゃん」 というわけで愛美は一旦部屋に戻り、焼き菓子セットの箱を持って純也さんの部屋へ取って返した。 中身はまだかなり残っている。一人では食べきれないというのもあるけれど、「こんなに高そうなお菓子、食べちゃうのがもったいない!」というのが愛美の正直なところである。「――おかえり、愛美ちゃん。まだ後半戦始まってないよ。ギリギリセーフ」「よかった、間に合って! これ、お菓子ね」 二人はローテーブルに置いた焼き菓子をつまみ、ココアを飲みながらまたTV画面を見つめる。愛美の好きなアーティストがたまたま後半戦に固まっているので、前半戦よりも真剣に見入ってしまっているのだ。(わたし、高校に入学した頃は流行に疎くて好きな歌手とかいなかったのになぁ……。去年さやかちゃんのお家で観た時は、誰が誰だか分かんなかったし) でもスマホをすっかり使いこなせるようになって、流行りの音楽にも詳しくなった。この一年半以上で、愛美はすっかり世慣れしたように思う。「わたし、このグループの曲好きなの。ドラマの主題歌になっててね、そのドラマも毎週観てたなぁ」 ちょうど今歌を披露している男性グループの曲の話をしていると。「俺もこのグループ好きなんだ。やっぱり歌うまいよな」「えっ、そうなの!?」 実は純也さんも、同じアーティストが好きだったことが分かり、愛美はビックリ。「そっか、そうなんだ……。なんか嬉しいな」 こうしてまた、大好きな人との共通点が増え、愛美は彼のことがより好きになった。ほっこりした気持ちでココアを飲んでいて、その甘い香りからふとバレンタインデーのことが頭をよぎる。「……ねえ純也さん、手作りのプレゼントってどう思う? 嬉しい? それとも困る?」「ん? どうしたんだ、急に」(ちょっと切り出し方が唐突すぎたかな) 反省した愛美は、考えていることを順序立てて言い直した。「あ……えっと、二月にバレンタインデーがあるでしょ? でね、わたし、手作りのプレゼントを考えてて。チョコだけじゃなくて、もう一つ。で、それに
「確かに、好きでもない人から、それも山ほど手作りのものをもらうのは地獄だよね……」「その地獄みたいな光景を、俺は毎年味わってるわけよ。でも、さっきも言ったけど愛美ちゃんからなら喜んで受け取るよ。愛美ちゃんは、俺の大切な人だから。どんなのがもらえるか、今から楽しみだな」「うん! わたし、純也さんのために張り切って用意するからね! あ、もちろん学校の勉強も、作家のお仕事も頑張るけど」(……純也さんの分はこれで決まったとして、問題は〝あしながおじさん〟の分。どうしようかな……) 愛美は悩む。〝あしながおじさん〟=純也さんなのは彼女の中で確定しているので、彼の分も用意するとなると、最終的に純也さんが二人分を受け取ることになってしまう。それはそれで迷惑だろうか?(だからって、おじさまの分を用意してなかったら怪しまれそうだしな……) この段階で、彼に「正体がバレてしまったんじゃないか」と思われるのはどうなんだろうか? 逆に「どうして気づかないフリをしていたのか」とツッコまれてしまうかもしれない。「……何を悩んでるんだ、愛美ちゃん?」「…………えっ? あー、うん。バレンタインデーの贈り物、田中さんの分をどうしようかなーと思って」「ああ……、なるほど」(……あ、純也さん、悩んでる悩んでる) これは彼にとって難題だろう。田中氏と自分は別人ということにして二人分受け取るか、それとも自分はもらえるので田中氏としての分は断るのか。……もし断れば、自分が〝あしながおじさん〟だと分かってしまうかもしれないのだから。(……っていうかわたし、もうとっくに分かってますよー。言わないけど)「…………多分、彼はそういうの、受け取らないんじゃないかな。別に愛美ちゃんからのお礼とか、そういう見返りみたいなのが欲しくて援助してるわけじゃないだろうし」(……あ、上手いこと逃げたな) 当たり障りのない、無難な言い訳をしてきた純也さんに、愛美はそう思った。 これで彼は二人分の贈り物を受け取らずに済むし、田中氏と自分を別人だと愛美に思わせることもできたから。(でもまあ、ここは純也さんを立てて、そういうことにしといてあげようかな)「……そうだね。分かった。じゃあ、おじさまの分は要らないか」 愛美と純也さん、それぞれの思惑(おもわく)は違うけれど、バレンタインデーの贈り物は純也さん
「…………え?」「今年最初のキスだね、愛美ちゃん。明けましておめでとう」「……………………うん。あ……明けましておめでとう」 バカップルのお手本みたいな新年の迎え方をして、愛美の顔は茹でダコみたいに真っ赤になった。「……純也さんって、実はキス魔?」「いやいや! 愛美ちゃんにだけだよ。他の人にはしないって。別にアメリカナイズされてるわけじゃないし」」「……そう」(確かに、この人が他の人にキスしてるところは想像つかないかも) というかそんな光景、考えるだけでもイヤだ。まあ、女性不信の純也さんに限ってそれはないだろうけれど。「じゃあ改めて、愛美ちゃん。今年もよろしく」「うん、よろしくお願いします」 二人は改めて顔を突き合わせ、新年の挨拶を交換した。「俺、今年もちょくちょく君たちの寮に遊びに行くつもりだから。そうだな……さしあたり、次はバレンタインデーかな」「バレンタインデーに? まさか、わざわざわたしからのプレゼントをもらうためだけに来るの?」「それもあるけど、君たち三人に、俺からもチョコをあげるためにね」「それ、さやかちゃんあたりがすごく喜ぶと思う。もちろんわたしも嬉しいけど」「だろ?」 さやかは「チョコ好きに悪い人はいない」を座右の銘にしているくらい、無類のチョコ好きである。純也さんからチョコをもらえると分かったら喜ばないわけがない。「それより、愛美ちゃんがくれるっていうもう一つのプレゼントって何だろうな。期待してていい?」「もちろんだよ。期待して待ってて! 手作りチョコの方はあんまり自信ないけど、頑張ってみるね」 愛美は千藤農園のお手伝いで料理はだいぶできるようになったけれど、お菓子作りはあまり経験がない。でも、家庭科が得意なさやかがいればどうにかなるだろう。多分、珠莉も巻き込んで三人でチョコ作りをすることになると思う。(何たって、珠莉ちゃんにも好きな人がいるわけだしね)「大丈夫。俺、どんなに出来がひどくてもちゃんと食べるから」「~~~~っ! 純也さん、その言い方ちょっとヒドくない!?」「あはは、ゴメン!」 愛美が眉を吊り上げて抗議すると、純也さんは笑いながら謝った。もちろん、優しい純也さんが意地悪でそんなことを言ったわけではないことを、愛美はちゃんと分かっている。
――〇時半を過ぎて、音楽番組も終わった。愛美もそろそろ眠くなってきて、大きな欠伸をする。「愛美ちゃん、眠そうだね。そろそろ部屋に戻って寝たら?」「うん、そうしようかな……」「明日……っていうかもう今日か。よかったら一緒に初詣に行かないか?」「初詣? 行きたい!」 去年のお正月には、さやかちゃんの家族と一緒に川崎大師まで初詣に行った。今年は純也さんと二人で初詣。愛美としては、これはぜひとも行きたい。「じゃあ行こう。どこがいいかな……。明治神宮は人が多すぎて愛美ちゃんが酔っちゃいそうだしな」「わたしはどこでもいいよ。純也さんに任せるね」「分かった。じゃあ、行き先はお楽しみってことで。――じゃあおやすみ。風邪ひかないようにね」「うん。おやすみなさい」 ――自分の部屋に戻った愛美は、ベッドの上でスマホのメッセージアプリを開き、さやかにメッセージと新年らしいスタンプを送信した。『さやかちゃん、あけおめ~☆ 今年もよろしく。』『愛美、あけおめ。 こちらこそよろ~~♪ あ、いま珠莉からもあけおメッセージ来た。』「……えっ、珠莉ちゃんも送ったんだ。ってことは治樹さんにも?」 珠莉が想い人であるさやかの兄・治樹にも新年の挨拶メッセージ、さやか曰く〝あけおメッセージ〟を送ったかどうかは分からないけれど、彼女がこの時間にまだ起きていたこと自体が驚きである。「夜更かしは美容に悪い」というのが、珠莉の口癖なのに。「へぇー、珍しいこともあるもんだ」 これがただ単にお正月だからなのか、それとも好きな人ができて初めて迎えるお正月だからなのかは愛美にも分からない。でも、愛美だって珍しくこの時間まで起きているのだから、多分後者ではないだろうか。「……さて、本格的に眠くなってきたなぁ。そろそろ寝ようっと」 ベッドに潜り込んで三秒で、愛美はストンと寝入ってしまう。 翌朝は八時ごろまで起きられず、愛美は八時半ごろに純也さんと二人でセカンドダイニングで朝食を摂り――珠莉はメインダイニングで家族と朝食を済ませたらしい――、辺唐院家の人たちに新年の挨拶をしてから神(かん)田(だ)明(みょう)神(じん)へ初詣へ出かけたのだった。
* * * * ――愛美の高校二年生の冬休みは、大好きな純也さんとのステキな思い出を山ほど残して過ぎていった。 そして迎えた三学期――。「――愛美、今日は午後から部活行くの?」「うん。部室に自分のパソコン持ち込んで、原稿書こうと思って。さやかちゃんと珠莉ちゃんは?」「陸上部(ウチ)は始業式恒例のミーティングだけ。あたし、部長になったからさ。茶道部(珠莉んとこ)は?」「今日から活動があるわよ。新春茶会なの」 始業式とH.R.(ホームルーム)が終わった後の、ランチタイムの食堂である。今日は三人とも制服姿だ。「そういや、愛美も四月から部長になるんだっけ?」「うん。わたし、二年生から入部したのにいいのかなぁって遠慮したんだけど。どうしてもって言われて」「それで引き受けたんだ? そういうお人好しなところが愛美らしいっちゃらしいんだけどさぁ」 今日の昼食のメニューはポークジンジャー定食。スープはミネストローネでサラダにはプチトマトが入っているけれど、トマト嫌いの珠莉はプチトマト抜きで、スープもポタージュに変えてもらっている。「それ、褒めてる? 貶してる?」「もちろん褒めてるんだよ? あたし、人のこと貶すのキライだもーん」 さやかは澄まし顔でそう言って、ごはんをかき込んだ。「――で、愛美。好きな人と過ごした年末年始はどうだった?」「クリスマスと大晦日に純也さんとデートして、……あ、これは小説を書き始めるための取材でもあったんだけど。年越しは彼のお部屋で、二人で紅白と音楽番組観てね。新しい年を迎えた瞬間、彼にキスされた」 愛美はあの時のドキドキを思い出して、ちょっぴり頬を染めた。 何度キスを経験しても、なかなか慣れるものではない。ポーカーフェイスなんてしていられない。「あらあら♡ 可愛いじゃん♪ いいなぁ、彼氏と二人で年越しなんて」「えへへ、まあね。さやかちゃんは今年もご家族と、でしょ」「うん。あたしはまだ当分、恋愛とは無縁かなぁ。――あ、そういやお兄ちゃんのスマホに珠莉からあけおメッセージ来てたよ。あたし、無理やりスクショ送らせたんだ」「……さやかちゃん、プライバシーは?」「そんなの、ウチの兄妹間には存在しないから。ほら、見て見て」 とんでもなく失礼な発言をしたさやかは、兄に送らせたメッセージのスクリーンショットを表示させ、
『治樹さん、明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。』『珠莉ちゃん、固い固い(笑) こちらこそ明けましておめでとー。今年もよろしく。 オレ、就活ガンバって、珠莉ちゃんの相手にふさわしい男になるぜ!!』「……あらあら、これは――」「ね? これってさ、珠莉がウチのお兄ちゃんに脈アリってことじゃんね?」 このやり取りを見る限り、治樹さんも少なからず珠莉のことを好ましく思っているようだ。二人がカップルになるのも時間の問題かもしれない。「お……っ、お二人とも! 私をネタにして遊ばないで下さる!?」「えー? いいじゃん。あたしたちはアンタの恋を応援してるだけなんだしさ。ね、愛美?」 勝手に自分の話題で盛り上がっている親友二人に、珠莉が吠えた。でも、さやかも愛美も少しも動じない。「うん。純也さんも背中押してくれると思うよ。珠莉ちゃん、まだ治樹さんにハッキリ気持ち伝えてないでしょ? 来月はバレンタインデーもあることだし、わたしとさやかちゃんと三人で手作りチョコ、頑張ってやってみない?」「あ、それいい! 当然、愛美も純也さんにあげるつもりなんだよね?」「もちろん! あとね、もう一つプレゼントも用意しようと思って。わたし、去年はインフルエンザで倒れてそれどころじゃなかったから」「あー、そういえばそうだったね。寮母の晴美さん、毎年寮生にチョコ配ってるらしくてさ。あたしと珠莉も去年もらったんだけど、愛美の分は『食欲ないだろうから』って断ったんだよね」「えー、そうだったの? 惜しいことしたなぁ。熱さえ出さなきゃもらえたのに」 あの時、「〝あしながおじさん〟に見限られたかもしれない」とネガティブになっていたことも、お見舞いに届いたフラワーボックスと手書きのメッセージに大泣きしたことも、今となっては思い出だ。(あの頃はまだ、純也さんがおじさまだって知らなかったもんなぁ。今考えたら、あの人がわたしを見限るなんてあり得ないのに。だって彼、わたしにベタ惚れしてるんだもん) 純也さんのことを考えていて、思い出した。「あ、そういえば純也さん、バレンタインデーにまたここに遊びに来るって言ってたよ」「えっ、マジ? わざわざ愛美からチョコもらうために来るワケ?」「うん、それもあるけどね。なんか、わたしたち三人にチョコをくれるつもりみたい」「
「さやかちゃんのチョコ好きは本物だね。わたしと純也さんが予想した通りの反応してくれるんだもん」「だって、あの人がここに来たら毎回チョコ系のスイーツ食べられるじゃん。もう、チョコ大好きなあたしにとってはもはや神だね」「神……」「あ、でも愛美から横取りしようなんて思わないから安心してね。あたしにとって純也さんは、親友のステキな歳上の彼氏で、もう一人の親友の叔父さんでしかないから。恋愛対象としてはちょっと年離れすぎてるし」「うん、分かった。ありがと」 とりあえず、さやかと修羅場にはならなそうなので愛美は安心した。 * * * * 愛美が午後の部室で、自分のパソコンで原稿を書いていると、顧問の上村先生に「遠慮しないで、部室のパソコンを使っていいのよ」と言われた。「ありがとうございます、先生。でも、ここのパソコンはみんなの物ですから。わたし一人で独占するわけにもいかないじゃないですか」「……そう? まあ、プロの作家になったからって、特別扱いはよくないわよね」「そうでしょう? もしかしたら、この文芸部から第二、第三のわたしが誕生するかもしれないんですよ。そういう子たちに部室のパソコンは譲ってあげないと」 部長になる身としては、自分のことばかり考えていてはいけないのだと愛美は思っている。他の部員たちに気持ちよく活動してもらうことが第一だ。「――それにしても、ウチの部から作家デビューする人が出てくるなんて。確かに相川さんは夏から『公募に挑戦したい』って言っていたけど」「ですよね。ホントにデビュー決まっちゃうなんて、私もビックリしました。やっぱり愛美先輩には才能があったんですよ」 上村先生が感心していると、一年生の絵梨奈もそれに同調した。「何言ってるんだか。絵梨奈ちゃんだって、今年の部主催のコンテストで大賞獲ったじゃない。あれだけでもスゴいことなんだよ?」 愛美の作家としての本格的なスタート地点もそこだったのだ。絵梨奈がそれに続かないとも限らない。「いやいや。去年、愛美先輩が大賞獲った時のコンテスト全体のレベル、めちゃめちゃ高かったって上村先生から聞きましたよ。その中で大賞って、やっぱり先輩に才能があったからですって。私とじゃレベチですよ」(「レベチ」って、絵梨奈ちゃんってめちゃめちゃイマドキの子だなぁ) 彼女はもしかしたら、ごく一般的な家
* * * * ――愛美は三時半ごろに部室での執筆を切り上げ、寮に帰る前に少し寄り道をした。 制服のままで――寒いのでコートも着込んできたけれど――学校の敷地を抜け出し、最近学校の近くにオープンした百円ショップに立ち寄る。そこで買い込んだのは大量のブルーの毛糸と編み棒三組だ。「――さやかちゃん、珠莉ちゃん、ただいま」 寮の部屋に帰ると、二人はすでに帰ってきていた。陸上部も茶道部も早く終わっていたらしい。「愛美、おかえり!」「愛美さん、おかえりなさい。今、温かい紅茶を淹れて差し上げるわね。ティーバッグで申し訳ないけど」「ありがと、珠莉ちゃん。はー、外寒かったぁ」 着替えるのは後にして、愛美は一旦勉強スペースの椅子に腰を落ち着けた。スクールバッグと百円ショップの袋は床にドサリと置く。「――はい、どうぞ。お砂糖はご自分でね」「うん、ありがと。……あー、あったまる……」 温かい紅茶を飲んでひと息ついた愛美に、さやかが話しかけてきた。「ところで愛美、その百均の袋はなに? 何か買ってきたの?」「うん。ちょっと毛糸と編み棒をね。純也さんに、手作りチョコと一緒に手編みのマフラーをあげようと思って」「手編みのマフラーか。いいんじゃない? っていうか、あたしだけじゃなくて愛美も編み物得意なんだ?」 さやかは勉強こそ苦手だけれど、こと家庭科に関しては体育と同じくらい成績がいいのだ。幼い頃からあのお母さんとお祖母(ばあ)さんに仕込まれてきたからだろう。「うん、得意だよ。っていうわけで、バレンタインデーに向けて三人で編み物教室をやろうと思うんだけど、どうかな? 二人の分も、毛糸と編み棒あるから」「あたしは賛成♪ あげる人いないから、とりあえずお兄ちゃんにあげとくとして、珠莉は?」「私、編み物したことないの。だからお二人のどちらか、私に教えて下さいません?」 珠莉はしょんぼりと眉尻を下げた。最近の彼女はすごく素直で、初めて会った頃の高飛車な態度はどこへやら。「いいよ、教えてあげるよ。ただ、わたしの得意な編み方、けっこう上級者向きだから……」「じゃあ、あたしが珠莉に教えるよ。愛美は奨学生なんだから勉強も大変だし、作家だから原稿も書かなきゃいけないし、忙しいでしょ? ムリさせたらまた去年みたいに倒れちゃうからさ」「あ……、その節は二人に心配おかけ
* * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ
――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。
* * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?
――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして
それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。 かしこ一月六日 愛美』****
****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元
「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。 * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。
* * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛
愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト